第二回  『口福無限』 草野心平

『口福無限』 草野心平
講談社文芸文庫 1300円(税別)
庭で摘んだ花々、鶏は頭、鮭は骨、海老は尻尾がうまい。酒と美味を愛した昭和の大詩人が、詩情をこめて綴る珍味美肴の数々……。滋味あふれるエッセイ集。巻末の平松洋子による解説もすばらしい。

りーりー りりる りりる りっふっふっふ/けくっく けくっく けんさりりをる/ぎやわろッぎやわろッぎやわろろろろりッ ――「定本 蛙」抄(『草野心平詩集』/岩波文庫)より抜粋。

これは詩人、草野心平の耳に聞こえた蛙の声。蛙を好み、よく題材に取り上げたことから“蛙の詩人”と称された詩人は「ゲロゲロ」「ケロケロ」をかように色彩豊かに描き出す。その傑出したオノマトペだけが取り上げられることが多い心平だが、私にとっての心平は“珍味美肴の詩人”。たとえば私が大好きな心平の詩「料理について」はこんな風だ。

ゼイタクで。/且つ。/ケチたるべし。/そして。/伝統。/さうして。/元来が。/愛による。/発明。      ――「口福無限」(草野心平/講談社文芸文庫=以下同)

「ゼイタクでかつケチたるべし」とはけだし名言。実際に日々自分の食事を料っているからの実感に裏打ちされているリアルな言葉の発露だと思う。
草野心平は明治36年、福島県に生まれた。余談だが、同年代の詩人に明治29年生まれの宮沢賢治がいるが、賢治が37歳で早世してしまったのに対し、心平は85歳(昭和63年)まで生きたので、私たちの印象としても心平は昭和の人、同時代を生きた人、という印象がある。
心平は故郷に近い川内村や東京都下東村山など緑豊かな地に居を構え、後年胃潰瘍を患った後も、そこで療養をしながら多くの美味しそうな詩や文を残した。

ウチの庭と畑から。/色んな花花と若い葉つぱ類を採つてくる。
庭梅とボケと連翹。/ライラックと二種類の菫。/春蘭・満天星・ムラサキヤシホ。/アケビの花と葉つぱ。/自称ブルースター。/ナヅナの白と諸葛菜の薄紫。/牡丹の若葉とバラの新芽。/ツツジの五種類の花花。白山吹。/こごみ・ぜんまい。/タンポポの葉と葉つぱ。/ハコベ・ホトケノザ・姫林檎の薄紅。/二種のユキノシタ。/カヘデ・錦木・ベニカシハのピンクの葉つぱ。/月桂樹の花の黄色いツブツブ。/それらをテーブルの上に並べた七つの。/白い皿皿に盛り。
左手にはコップの冷や酒。/南蛮味噌と醤油と蜂蜜と岩塩と二杯酢。/花や葉つぱの夫夫を。/二本の指でつまみとり。/自分の勘や好みで夫夫の味の元を用ひ。/生のままの夫夫の味を味わひ乍ら。/さうしてはコップ酒。/さうしてはまたつまみ。
ああ爽やかな春の夕暮れ。
花花よ許せ。/葉つぱたちよ許せ。(「花肴」)

胃を一部切除してから思うように食べられなくなった心平は、晩酌は3合までと決めていた。

「例の駅などで売っているワンカップ酒と同じ分量のコップに一升瓶からコップのふちまでなみなみと注ぎ、その冷やを飲むのが普通だが、コップからグイ飲みに注いで飲む場合もある。」
「肴は種類は多いがまるっきりチョッピリずつ。ある日の日記をくってみると、三センチ角ほどのビフテキ・モドキとレタス一枚、ニンニクの油いため(薄切りにしたもの一果分)、柚味噌の柚の薄切り二枚、茄子と胡瓜の一夜味噌漬け、アレクサンドリヤ五粒とキュウィ一個、トマト一個の四分の一、ゆでたインゲン二本、鰻の肝一串と鰻の骨の空揚げチョッピリ、ガラスのコップに活けてある葛の紅紫の蝶蝶花チョッピリ、岩魚とゴリの甘露煮三分の一ずつのチョッピリといった具合である。それらをのっけているのは、どれも小さい醤油入れの白い皿皿。そんなチョッピリ・プラス・チョッピリが自分の胃袋にはちょうど満杯になる」

たくさんを食べられない人がいろんなものをちょっとづつ食べたくなるのは想像に難くないのだが、心平のすごいところは、その食欲が一般的な食材の域をひょいと飛び越え、浜に打ち捨てられている昆布の切れ端や、海老の尻尾、庭に咲く花々にまで及んでいることだ。

「いまはやりの言葉だと“何でも食べてやろう”ということになるけど、私の場合にはごく自然にそういう結果になるので、野に咲いている花を見ても、この花はスープに浮かしたら楽しいだろうとか、いい香りがするだろうと考えるわけで――。アヤメを食べたのは声帯をこわして、まだだれも避暑に来ていない蓼科の山荘で独り暮しをしたときでした。避暑客のいない高原にはレンゲやツツジが黄色い炎をあげていてね。散歩の帰りにそのレンゲツツジやスズランやアヤメ、小梨の白い花などを少しばかり摘んで帰って、さて食事にしようと、私はパンにバターとマーマレードをぬって、ふと、思いついて採って来た紫色のアヤメをはさんで食べてみたわけ。バターに紫のアヤメがまことに鮮やかだったし、その歯切れの音がなんともいえず清潔だった」

これが心平の十八番「アヤメサンド」ができた顛末である。味はほろ苦く、シャリッとしてうまいのだとか。ほかに「クチナシはウイスキーのつまみになる。秋に咲くジンジャーの花びらはコンソメに浮かす」、「薔薇や牡丹は二杯酢で」「カユには金木犀の生きてる花を散らして」食べた。
本書に収められた詩、随筆、対談はどれも心平の食と生への賛歌であるが、土にずぶっと親指をめりこませて立つようなたくましい悦びに満ちている。「人間共通の口福に対する貪欲がなくならない限り、食愛による発明は無限に続くだろう。そして大きく展けるだろう」。まさに口福は無限なのだ。私もその口福を味わいつくして生きていきたい。心の中で「ゼイタクで且つケチたるべし」と唱えながら――。

 

草野 心平 Shinpei Kusano


1903-1988 詩人。17歳で中国へ留学し、帰国後に同人詩誌「銅鑼」を創刊。宮沢賢治、高村光太郎などの知遇を得つつ、焼き鳥屋を開いたり、新聞記者になったり、生活のための苦闘を続ける。戦後は精力的に作品を発表し、84歳で文化勲章受章。翌年没。ちなみに『口福無限』は78歳のときに刊行。

 

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『草野心平詩集』

「蛙はでっかい自然の賛嘆者である/蛙はどぶ臭いプロレタリヤトである/蛙は明朗性なアナルシスト/地べたに生きる天国である」とは心平による巻頭の言だが、この蛙を心平と言い換えたら草野心平という人を十分理解できるのではないだろうか。代表作の蛙シリーズから、晩年の作品まで、心平の世界をまるごと噛みしめることのできる一冊。

『草野心平詩集』 岩波文庫 900円(税別)